dd50ee70’s blog

計算機科学を中心によしなしごとを

査読、論文の評価

 編集用ポータルページを開いて、IDとパスワードを入れる。報告書作成のページに行ったらまず "accept after amendment" (修正後受理) を選ぶ。次に論文の評価だが大したことのない論文だから10段階の6くらいでいいだろう。全体の評価、内容の新奇性、表現のわかりやすさ、実用的な例があるか(タイトルに "Application" がつく雑誌だから応用が大切)、など様々な観点があるのでそれぞれクリックする。著者に送るメッセージを記入するボックスがある。あらかじめ作っておいた文をコピペするのであるが、論文の要旨、新しいところ、直すべきところなど、著者が納得するように書かなくてはいけない。複雑な数式はテキストでは表現できないから、詳細なコメントは専用のソフトでPDFファイルを作っておく。それをアップロードして添付する。間違いがないことを確認して "send" をクリック、査読作業が終了した。

 この査読報告の送付は、論文を読む、参考文献・資料を探す、読む、評価を決める、著者に送るメッセージや詳細コメントを書く・推敲する、という時間も神経も使う作業の集成なのである。それで時給は $0, €0, もちろん0円。タダ働きである。査読者は匿名であるから、研究業績にもならない(この点最近風向きが変わってきた、後で述べる)。

 なんでそんな割に合わないことをするのか、それは科学の健全な発展には「ピアレビュー」(専門家集団内での評価)が正常に機能しなくてはならないからである。研究により新しいことを発見・発明したらそれを論文にまとめて学術雑誌に投稿する。投稿された論文が本当に新しいことを述べているか、雑誌に掲載する価値があるかを判定するのが査読である。近い研究分野の研究者でないと正しく判断できない。と言うことで「ピアレビュー」になる。価値のない、言っちゃ悪いがゴミのような論文ばかりでは誰も読まない、学術雑誌といえない、研究成果が伝わらない、となって科学の発展が阻害される。

 「ピアレビュー」は研究者集団内の評価であるが、厳正に行われる。著者名が査読者にはわからない方式もあるが、参考文献や論文内容からだいたい著者はわかるものである。著者がわかるといえ、それでエコひいきはしない。あくまで研究内容で判断する。

 実験の論文では実験結果が正しいかどうかまでは、普通調べることはない。それには実験を再現しなければならず時間と費用が大変なことになる。そのかわり、再現実験ができるだけの手順や条件がきちんと書いてあるかどうかが査読のポイントである*1

 数学や計算機科学の理論の分野では、論文の結果が正しいかどうか査読で検証する。結果というのは定理であり、検証は証明の論理に間違いや飛躍がないか確認することである。ある時、論理の一部、補助定理(補題)をつみあげて証明を作っていくのだが、その一つの証明が間違っていることに気づいた。それで掲載拒否にしても良いのであるが、最終結果は正しそうなので、補題の正しい証明がないか探究した。そうするとうまく証明できた。それで査読報告に「補題なんとかの証明が違っている。次の証明を参考にして直すように」との修正意見を載せた。出版された論文には私の証明がきっちり載っていた。こういうのは別に盗作でも不正でもなんでもなく、論文の最後に「匿名の査読者に感謝する。補題なんとかの証明は査読者に負っている」との謝辞を載せておけば正当な論文と認定される。

 それぞれの学問分野には皆が一目置く学術雑誌がある。そんな雑誌には査読者への謝辞が付いた論文が結構載っているものだ(少なくとも計算機科学では)。このような査読者の努力を公にするべく、研究者データベースに論文査読数もカウントされるようになった(例 Publons )。

 科学研究を裏から支える査読という制度を少しでも知ってもらえればと思い、この駄文を作りました。 

*1:例のStap細胞の論文では手順や条件はきちんとしていたらしい。それで他の研究者は誰も再現できなかった。図表にはコピペと加工したものがあったので論文取り下げになった。