dd50ee70’s blog

計算機科学を中心によしなしごとを

天変地異、本当に怖いのは

 長らく放置プレイ失礼しました(読んでいる人はほとんどいないけど)。これから,地球的視点と宇宙的時間感覚で本当に怖い災害について、私感を書きます。怖いというのは、生物が全て絶滅するとか、文明が崩壊するとかいったディストピアです。だから、毎年の台風や大雨は、実際に災害に遭った人たちには大変なことではありますが、ここでは取り上げません。

 気候に関して言えば、止めどない温暖化は大変です。南極の氷が全部溶けると海水面が60m上がり、世界のほとんどの大都市は沈みます。いやいや、温暖化なんてデマだ嘘っぱちだとの主張も根強くありますね。自然の周期としてここ10万年以上、氷期間氷期が繰り返しています。それで、人工的温暖化がなければ次の氷期に入りかけているという説があります。私は結構有力な説だと考えます。すると今は温暖化と自然の氷期が綱引きをしているわけです。わかりやすく図にしてみましょう。

温暖化と氷期の綱引き

この図は説明のために適当に作ったもので、実際の気温などのデータは反映していません。黄色い線は気温とします。赤い線は人工的温暖化による気温上昇分です。青い線は温暖化がないとした時にあるべき気温とします。寒くなったり少し暖かくなったりしながら氷期に入っていきますから、青い線は凸凹します。長い間の傾向を見るのに、温暖化なんて嫌だよという気分満載で線を引くと、青い直線を引いてやっぱり温暖化はないと自己暗示をかけちゃいます。率直に線を引くと(統計学で定義されている直線近似)赤い直線*1になりはっきり温暖化を示します。

 幸い多くの気候学者などの努力により、温暖化がはっきり認識され対策を講じる合意が出来つつあります(まだ、「温暖化なんて嫌だから嘘であってほしい」という気分の人もいますが科学的に判断してほしいものです)。いずれ、温暖化ガスの排出が減少に転じ、何百年か後になるでしょうが人工的温暖化が無くなる日が来るでしょう。

 さて、めでたく人工的温暖化がなくなると、自然の勢いとして氷期になる可能性大です。というか一万年くらいのスケールで見れば必ず氷期になるでしょう。その時どうするか。一酸化二窒素(N2O, 亜酸化窒素とも、麻酔に使われる笑気)のような温暖化ガスを作って放出し程よい温度を維持するか。これをやるときは副作用(温暖化が行き過ぎる、地域により降水量が大幅に変動するなど)が起きないよう、地球気候シミュレーションが極めて正確にできなければいけません。もう一つの対策は氷河に覆われる地域の人たちが地球的規模で移住することです。氷河が増えれば海水面が下がって居住可能地が増えるから原理的は可能。問題は各国のエゴですね。

 長い目(数億年)で見ると、太陽がだんだん明るくなるので、温暖化は止めどなく進みます。十億年もすると地球全体が生物に不適になるほど暑くなります。そうなる前に火星や、小惑星木星の衛星(イオは除く)に移住する。あるいは地球の軌道を外側にずらす*2。いっそ太陽系外の居住可能な惑星に移住する。など、対策はたくさんありますから、今から準備しておけば大丈夫でしょう。え、何を準備するって、それは太陽系内外の惑星の探査から始まりますね。

 今回の結論、気候変動は温暖化と氷期が怖いけど、対策もある。

*1:編集作業をクリップしたことが見え見えで、赤い線も適当に引いています。少し右肩上がり過ぎになったかなと反省して居ます。でも面倒だからこれで行く。

*2:小惑星の軌道を変えて地球近傍を通り太陽の方へ行くようにすると、運動量保存により地球の軌道は外側へずれる

京都のK大学理学部がJABEEの審査を受けると

 JABEE関係は終了して新しいネタを考えていたところ、ふと思いついたJABEEパロディをupします。全てネタですから本当にしないでください。

 ありえないことですが京都のK大学理学部がJABEEの認定のため審査を受けたと仮定します。私は卒業生なのでJABEEの規定により審査員にはなれないのですが、ネタだから審査員になったとします。

 JABEE認定を受けるには学習・教育到達目標をまず設定しなければなりません。K大学理学部では

「講義をはじめとする既存の知識体系にとらわれることなく、自分の考えで真理を追求する態度を涵養する」

と言った目標が設定されます。

審査員(私)「この目標は教育プログラム(学部・学科)の伝統や修了生の活躍が想定される分野に配慮していますか」

K大学「修了生のY先生は原子核で陽子と中性子を結びつける力を説明するために、それまで誰も考えなかった新粒子を導入*1されたし、T先生は量子論に電磁気を取り入れる際、無限大の量が生じるのをくりこみ*2という全く新しい手法を導入して解消されました。そう言った伝統から当然の目標でしょう」

JABEEの能力観点(a)〜(i)とどう対応していますか」

「(e)デザイン能力と(g)自主的、継続的に学習する能力、そのものです」

「水準について言及がありませんが、どのくらいですか」

「そんな高度なものを要求したりしません。あくまで自由に自分で考える態度が身につけばよしとします」

「カリキュラム設計を見ると必修科目がありませんね」

「必修で学生を縛るのはこの学習・教育到達目標に反します。学生には幅広い科目の中から自分で必要なものを選び取ってもらいます」

「数学の科目を見ると週一コマ半年の講義で4単位になっています。これは文部科学省の基準の倍になっていますが、宜しいのですか」

「数学では講義時間の5倍の自学自習を想定しています。週2時間かける15週で30時間、その5倍の150時間を合わせて180時間、45時間の学習で1単位だから4単位になります。5倍の自学自習を想定していることは成績記録を見ればわかります」

「拝見します。むむ、このN先生の代数では受講者全員が不合格になっています。これは・・・」

「全員5倍の学習をしなかったということです。証明になっているでしょう」

「しかし、H先生やT先生(さっきとは違う先生)の講義では試験の代わりにレポートだけで、しかもレポート提出者は全員合格しています。これで講義目標が達成されているのですか」

「いろいろな話を聞いてレポートが書ければ良いという講義目標だからそれで良いのです」

「入門、概論、通論、集中講義科目がたくさんあり、どれも出席だけで合格になるようです。こんな空から降ってくるような単位だけ集めて卒業する学生がいると、学習・教育到達目標の達成をどうやって担保するのですか」

「そんな単位だけ取って卒業する学生は大学院には入れませんから問題ないです。本当の教育は大学院で、学部はオマケですから。学習・教育到達目標の達成は学生の自己申告です。まだ学習が不足と考える学生は留年しますから。この通り、留年生は大勢います」

「居心地がいいから、モラトリアムで留年しているのでは。とにかく、学部教育の審査ですから、学部の教育で学習・教育到達目標を達成していることを示してもらわないといけません。証明する根拠資料はありますか」

「本学は自由な校風のもと学生の主体性を重んじております。自己申告といえば自己申告でそれを学生に立証させるようなことはしません」

JABEEの基準と違うような。では総括報告文を読み上げます。

K大学理学部におかれましては長い伝統と実績に基づく優れた教育を実践しておられます。こりたびJABEE審査により教育点検をさせていただきました。その結果学習・教育到達目標を全ての修了生が達成していることを客観的に示す証拠を見出すことができませんでした。これは基準を満足しないことになり、誠に遺憾ながら認証不可の結論に至らざるをえません。

以上です」

H先生、N先生、T先生(後の方)については私の在学中の都市伝説をもとにしています。その他、必修がないとか、単位が空から降ってくるとかも私の在学中のことで、今どうなっているか知りません。あくまでネタですから追求しないように。

*1:陽子と中性子(陽子同士、中性子同士も)が仮想的中間子(主にπ中間子)を交換して互いに引力(強い核力)を生み出すという核力の理論

*2:電子がその負電荷により周りの空間に電場を作るとき、量子論によれば仮想的粒子対ができては消えることにより無限のエネルギーがあることになる。それを、電子がない場合(真空中)の仮想的粒子対の影響を電子がある場合から引くことにより、電子による正味の電磁場が計算できるというもの

解説、ヤベー小説 (教育プログラムの評価)

 前回の記事「ヤベー小説」を自分で解説するアホな記事です。しかし、JABEE知名度が低い、と言うかほとんど0なので、あえてやります。

 前回の記事はワシントン協定JABEEを除いて全て架空の話です。全くの架空ではなく、似たようなことがそのうち起こるかもしれないと考えています。鍵は東南アジア諸国を含む新興国です。新興国の優秀な学生は先進国の一流大学に留学したがります。卒業後はそのまま留学先で就職することが多いでしょう。これでは人材の供給元になるだけて、自国の一層の発展に寄与しません。先進国の企業が進出したり合弁事業で工場はでき、生産ラインの技能者層は厚くなった。だが、ライセンス料を取れる新技術やサービスを開発できる一流の技術者は自国に育たない。と言う状況が考えられます。と言って、歴史・伝統・実績の三拍子揃った先進国の一流大学に対抗できる教育機関は一朝一夕にはできません。

 これに対し一発逆転の可能性を秘めているのがワシントン協定です。ワシントン協定参加の技術者教育認定機関を作り、自国大学の学科を認定すれば、次の効果を発揮できます。

  1. そこを卒業すれば、先進国の技術者教育と同等であることが保証される*1
  2. わざわざ留学することはない。
  3. 政府のプロジェクトや企業の参加・雇用条件に「ワシントン協定参加教育認定機関認定のプログラム修了者」(長いので「ワシントン協定修了者」にする) と言った条件をつければ、就職先も保証される。

となるとヤベー小説のようなことが起こるかも知れません。

 そこまで行かなくても、「技術者の仕事をするのはワシントン協定修了者」が世界の常識になる可能性は大いにあるといえます。実際、JABEE認定を受けている教育プログラムは実に丁寧な密度の高い教育をしています*2。日本でJABEEが始まって20年弱です。あと10年、長くて20年のうちにはJABEE認定教育プログラム修了生の活躍が見える形になってくると考えられます。しかし、今のように社会のJABEEについての認知度が低く、認定教育プログラムも少ない状況では「技術者教育の世界標準」に乗り遅れる、下手すると「技術の世界もガラパゴス化」の恐れがあります。

 バブルが弾けて就職氷河期と言われた1990年代中頃だったか、大卒就職戦線で大学・学部・学科を(暗黙に)採用基準に入れるのはダメだ。というマスコミの論調が流行ったことがありました。これは大学教育をバカにした、タメにする話としか思えず、少なくとも技術者の求人では学部・学科の指定はあって当然でしょう*3JABEEの認定では教育プログラムが学習・教育到達目標を定め、全ての修了生がその目標を達成していることを保証する仕組みになっているか審査します。学習・教育到達目標は単に知識を求めるのではなく、技術者の社会に対する責任など技術者倫理、社会の要求を解決するデザイン能力、自主的・継続的に学習する能力、チームで仕事をする能力、など技術者に求められる素養を広くカバーしなければいけません。しかも、具体的に水準も含めて設定することが必要です。JABEE認定プログラム修了生は「こんなことがここまでできる」と保証されています。JABEE認定の大学、学部、学科出かどうかは採用に際して大いに参考になると思いますが、採用担当の方々いかがでしょうか。

*1:ワシントン協定に参加するには国際基準に基づいて教育プログラムを認定しないといけない。認定機関自体がワシントン協定の事務局により審査される

*2:実は私はJABEEの審査員をなんども努めたことがあり、内実はよく知っています

*3:学閥なんぞがあって、その強化のために大学、学部を気にして採用するなどというのは論外です

ヤベー小説(教育プログラムの評価)

 X技工第一海外事業部長品川京子は満面の笑みをもってY国持続可能循環型総合開発プロジェクト契約書を確認していた。このプロジェクトは、東南アジアのY国における、その名の通りエネルギーと資源の面で地球環境に負担をかけない21世紀らしい開発計画である。政府系金融機関の融資も付いた総額一兆円を超える一大プロジェクトとなっており、X技工はその元請けとして契約を勝ち取った。

 「ん、これは」品川部長の目があるページで止まった。

 『参加技術者は原則としてワシントン協定加盟の教育認定機関による認定を受けた教育プログラム*1修了者とする』

 「大森さん、このワシントン協定なんとかはどういうこと。仮契約にはなかったわよ」

 実務担当課長としてずっとこの件に携わって来た大森課長はタブレット端末を持って飛んできた。

 「技術者の質を保証するものです。日本ではJABEE*2というらしいですよ。ここに載っている大学の学科やコース出身者が該当します」

 「それでうちの部にはここの学科出身者がどれだけいるの」

 「それは今から調べます」

 「何呑気なこと言ってるの、すぐやりなさい」

 大森課長は席に戻ると中野人事部長に電話して、出身大学学部学科などの資料を出してくれるよう頼んだ。しかし、それは人事部外秘で出せないという。ならば、第一海外事業部所属技術者がJABEEの認定を受けた学科などの出身かどうか調べてくれというと、

 「何言ってんだ、こっちは来年度の新卒採用でてんてこまいだ。JABEEだかヤビーだか知らないが、事業部に付き合ってられるか」

 とにべもない。だが、大森課長は主務者としてY国プロジェクトをまとめ上げたタフネゴシエータである。こっちから人を出して、人事部の部屋で人事資料を閲覧するところまで譲歩を引き出した。二人かがりの半日仕事になったがJABEE認定教育プログラム出身者を調べ上げた。それで分かったのは第一海外事業部だけでは必要人数に足りないということ。品川部長から大井海外事業本部長に話を通してもらい、他の事業部から応援をもらって人数を揃えた。JABEE認定を調べるのにまた人事部まで行って資料を繰ったのは言うまでもない。

 その十日ほどあとの月例経営会議のこと、この会議は社長以下各執行役が揃う最高決定機関である。最初の議題はY国のプロジェクト、大井専務執行役海外事業本部長が、派遣人員も決まり来週には先遣隊が出発するなど、順調な進捗状況を報告した。最後に一言、

 「最近の海外案件では参加する技術者の質を保証する国際的な資格が求めらます。特にこのプロジェクトのようにワシントン協定という技術者教育の国際標準で認定された学部学科修了生を指定することが増えています。今回、派遣技術者を選任するあたって人事部が情報を出さず大変非協力的で余計な工数がかかりました。人事部も国際的な動向に気を配り、事業部の動きにあった採用戦略をお願いします」

 司会を務める二宮社長、

 「大久保さん、人事部の見解は」

 「この件は報告を受けておりません。事実関係を確認して対処します」

 人事、経理、総務を束ねる大久保常務執行役経営管理本部長は焦って答えた。

 「あなたもよく知っている通り、ウチは売り上げの8割が海外よ。人事も世界標準の人材発掘・育成に努めて、事業部を支えてもらわないと困ります」

 「はい、かしこまりました」

 これで議題は次に移ったが、大久保本部長は収まらない。会議後思わず漏らした独り言、

 「中野のやつハジかかせやがって。いつも独断専行で報告がない。今度こそ許さん。資料室に飛ばしてやる」

 次の年からX技工のエントリシートにはJABEE認定を受けた学科、コースの修了者かどうか記入する欄ができた。

 さらに二、三年後のこと、高校の同級生で別々の大学に進んだ川崎と三島がひょっこり出会った。二人とも就活を控えているとあって話題はそっちに集中する。

 「川崎はどこを受けるんだ」

 「X技工を第一志望にするつもり」

 「知ってるか、X技工はJABEE認定を受けている学科出身じゃないと難しいというぜ」

 「マジかよ、てか、JABEEてなんだ。ウチは入っているのかな」

 「そんなこと言うようじゃやってないね。ウチはJABEE認定だけど、一年の時からJABEE, JABEEでジャブジャブだったよ」

 「やば、それじゃZプラントかUエンジニアリングにしようかな」

 川崎は就職情報サイトを調べる。

 「マジヤバ。ZプラントもUエンジもJABEEかどうか書くようになってる。どうしたらいいんだ」

(おしまい)

 

この物語はフィクションです。ワシントン協定、JABEE を除いて実在の団体、企業、人物とは関係ありません。人名と東海道本線中央本線の駅とは関係ありません。

*1:一つのカリキュラムのもとで行われる教育単位、学科とかコースに相当する

*2:「ジャビー」と呼んでいる。「ヤベー」と読むのだと言う人もいる

査読、論文の評価

 編集用ポータルページを開いて、IDとパスワードを入れる。報告書作成のページに行ったらまず "accept after amendment" (修正後受理) を選ぶ。次に論文の評価だが大したことのない論文だから10段階の6くらいでいいだろう。全体の評価、内容の新奇性、表現のわかりやすさ、実用的な例があるか(タイトルに "Application" がつく雑誌だから応用が大切)、など様々な観点があるのでそれぞれクリックする。著者に送るメッセージを記入するボックスがある。あらかじめ作っておいた文をコピペするのであるが、論文の要旨、新しいところ、直すべきところなど、著者が納得するように書かなくてはいけない。複雑な数式はテキストでは表現できないから、詳細なコメントは専用のソフトでPDFファイルを作っておく。それをアップロードして添付する。間違いがないことを確認して "send" をクリック、査読作業が終了した。

 この査読報告の送付は、論文を読む、参考文献・資料を探す、読む、評価を決める、著者に送るメッセージや詳細コメントを書く・推敲する、という時間も神経も使う作業の集成なのである。それで時給は $0, €0, もちろん0円。タダ働きである。査読者は匿名であるから、研究業績にもならない(この点最近風向きが変わってきた、後で述べる)。

 なんでそんな割に合わないことをするのか、それは科学の健全な発展には「ピアレビュー」(専門家集団内での評価)が正常に機能しなくてはならないからである。研究により新しいことを発見・発明したらそれを論文にまとめて学術雑誌に投稿する。投稿された論文が本当に新しいことを述べているか、雑誌に掲載する価値があるかを判定するのが査読である。近い研究分野の研究者でないと正しく判断できない。と言うことで「ピアレビュー」になる。価値のない、言っちゃ悪いがゴミのような論文ばかりでは誰も読まない、学術雑誌といえない、研究成果が伝わらない、となって科学の発展が阻害される。

 「ピアレビュー」は研究者集団内の評価であるが、厳正に行われる。著者名が査読者にはわからない方式もあるが、参考文献や論文内容からだいたい著者はわかるものである。著者がわかるといえ、それでエコひいきはしない。あくまで研究内容で判断する。

 実験の論文では実験結果が正しいかどうかまでは、普通調べることはない。それには実験を再現しなければならず時間と費用が大変なことになる。そのかわり、再現実験ができるだけの手順や条件がきちんと書いてあるかどうかが査読のポイントである*1

 数学や計算機科学の理論の分野では、論文の結果が正しいかどうか査読で検証する。結果というのは定理であり、検証は証明の論理に間違いや飛躍がないか確認することである。ある時、論理の一部、補助定理(補題)をつみあげて証明を作っていくのだが、その一つの証明が間違っていることに気づいた。それで掲載拒否にしても良いのであるが、最終結果は正しそうなので、補題の正しい証明がないか探究した。そうするとうまく証明できた。それで査読報告に「補題なんとかの証明が違っている。次の証明を参考にして直すように」との修正意見を載せた。出版された論文には私の証明がきっちり載っていた。こういうのは別に盗作でも不正でもなんでもなく、論文の最後に「匿名の査読者に感謝する。補題なんとかの証明は査読者に負っている」との謝辞を載せておけば正当な論文と認定される。

 それぞれの学問分野には皆が一目置く学術雑誌がある。そんな雑誌には査読者への謝辞が付いた論文が結構載っているものだ(少なくとも計算機科学では)。このような査読者の努力を公にするべく、研究者データベースに論文査読数もカウントされるようになった(例 Publons )。

 科学研究を裏から支える査読という制度を少しでも知ってもらえればと思い、この駄文を作りました。 

*1:例のStap細胞の論文では手順や条件はきちんとしていたらしい。それで他の研究者は誰も再現できなかった。図表にはコピペと加工したものがあったので論文取り下げになった。

推薦入試の面接

 これから何回か、試験とか評価について書いてみようと思います。人あるいは組織、事業、成果などを評価することは大切だけど難しい。評価する側になると急にえらくなってふんぞりかえるのはいただけない。適切に「良い」「悪い」を理由をつけて評価するには謙虚な気持ちが大切です。

 

 富士通の「研究所」から中京大学情報科学部に移った私は、若造のくせに入試委員と言う大層な役を任されました。私立大学にとって学生確保は最重要課題、推薦入試を含む多彩な入試を行い学生を集めます。推薦入試では小論文と面接を課していました。しかし、面接の時間は短く、受験生の「本音」のところまでは聞けません。「ペーパーテストでは測れない能力において煌めく学生を選ぶ」という、当時*1よく言われていた推薦入試の売り文句(建前!!!)を実現できません。そこで、同僚の先生方や事務方と相談して自己推薦という入試方式を、これまでの推薦入試に加えて設けました。受験生が「俺は(私は)こういう点で煌めいている」ことを2000字程度の自己推薦書にまとめて申告します。面接では30分くらい時間をかけて、自己推薦書に基づき質問します*2。その時、受験生は自分の作品や成果をプレゼンテーション*3してもよく、またサンプルを持ってきても良い、できるだけ対応します、という試験です。フタを開けてみると、制度について誤解している受験生もいましたが、本当に煌めいている学生を何人か見つけることができました。中京大学は5年ほどでやめたので、その後については直接は知りませんが、自己推薦で入った学生の中には卒業後も大いに活躍している人がいると風の便りに聞いています。

 

 中京大学から富山県立大学に移っても、推薦入試の面接はやりました。富山県立大学では各種の役は輪番で回るから4, 5年に一度当る感じです。ここでも面接の時間は10分しかなく、しかも質問事項があらかじめ決まっています。さらに、受験生が提出する志望理由書(400字くらい)は試験当日の朝にならないと見せてもらえません。「ペーパーテストでは測れない能力において煌めく」かどうか試す質問はまずできません。それでもなるべくいい学生をとるべく、少ない質問機会を工夫したり、こいつは平凡だから点を低くして、「煌めく」学生のために高得点の余地を残そうとか、苦労しました。しかし、あるとき悟りました。こんな田舎の三流大学に「能力の煌めく学生」が受けに来るわけない。それからは受験生皆さんにいい点をつけました。もっとも、全員同じ点にすると、「こいつサボっているな」とにらまれますから、元気のいいのには少しいい点を、覚えてきた応答しかうまく言えないのは少し悪い点を付け(±3点くらい)、いかにも採点したっぽく整えました。

 

 長年勤めた富山県立大学を悪くいうつもりは毛頭なく、推薦入試で「ペーパーテストで測れない能力において煌めく学生」を見つけるにはそれ相応の準備と手間をかける必要があると言いたい体験談です。建前を言えば、学校推薦では高等学校長が人物・学力を保障して推薦するのだからそれを信用してみんな受け入れる*4、自己推薦やアドミッションオフィス入試では時間をかけて選考し、ペーパーテストで測れない能力、活動実績、本学の理念との適性などを評価するのが理想です。しかし、昔から推薦入試は「年内に結果が決まる早めの入試」でした。昔は文部省(当時)は「推薦入試では学力試験は望ましくなく、小論文、面接を重視せよ」、とお達しを出していました。今は文部科学省になったからか「推薦入試でも合格者の基礎的学力が担保できる選考をせよ」と指示しています*5。私は、このような建前と本音がかけ離れた状態で評価が行われのは極めてまずいと考えます。

*1:昭和から平成に変わる頃

*2:事前に自己推薦書を読み込み、質問事項をまとめ、同室の面接者の間で共有しておいた

*3:当時はPowerPointはまだないが、PCでデモすることはできた

*4:推薦に値しない生徒を送ってきた高校に対しては、次から合格させない

*5:推薦入試がいわゆるFランク大学の学生確保に使われ、フリーパス状態になっているとか・・・という状況に応じたお達しです

膜アルゴリズム(その3)

 今回はフラット型膜構造と膜アルゴリズムならではの可能性を紹介します。

 まず、下の図で示されるフラット型の膜構造を使うものです。この構造は粒子群最適化と相性が良いようです。粒子群最適化は素早く解を改善できますが、下手にやると局所解に落ち込みやすくなります。f:id:dd50ee70:20210523162255j:plain

 そこで、この皮膜領域(領域0)と基本領域(領域1からn)の区別を使い、基本領域でそれぞれ別々の粒子群最適化をやり、皮膜領域で基本領域の解を混ぜ合わせる。あるいは皮膜領域で基本領域から来た解の集団に粒子群最適化を行い、各基本領域では別の探索をやる。などなど、この膜構造を設定することにより、局所解を避けられる粒子群最適化の進化形を試すことができます。私は粒子群最適化が嫌いなので(食わず嫌いかも)自分でやったことはありません。外国の研究者は色々やっており、membrane algorithm と particle swarm optimization あるいは最適化問題例(ナップザック問題、巡回セールスマン問題など)をキーワードに検索すると、ぞろぞろ出てきます。

 次に、その2で紹介した入子型膜アルゴリズムならではの可能性を紹介します。それは近似アルゴリズムが解を改良していく過程を観察できるということです。

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図のように各領域で改善された解が「その領域で解が改良された」「全ての領域を通じてこれまでの最良解だった」かどうか色を使って表します。その解が移動した方向を楔形の記号で示します。色は解の性質で緑はどうということのない解です。巡回セールスマン問題を解いた実際の計算結果の一部を示します。

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上の図は領域2で21334の解が生成され、領域1へ移動、そこで21282の解が出来て領域0に移動したことを示しています。21282はこの問題の最適解の値です。領域2は局所探索、領域1はGAを行っています。局所探索とGAの組み合わせが働いていることが見て取れます。4810はステップ数です。このように入れ子型の膜アルゴリズムで解の改良と移動を視覚化することができます。他の近似アルゴリズムでも出来なくはありませんが、例えばGAだと何千もの個体(解)を使うので非常に複雑になります。膜アルゴリズムは膜で分離しているからこそ視覚化が容易なのです。

 このように膜アルゴリズムは有用な近似アルゴリズム組み合わせスキームだと自画自賛しています。しかし、外国の研究者には受けても国内では全然ダメ。このブログをご覧になった方、ぜひ膜アルゴリズムを流行らせましょう。